つれづれ備忘録

生きる上で日々感じる事をつれづれに綴ります。

新しい環境で起こった事

 

 

世間ではコロナウイルスの影響で外出の自粛や仕事にも影響が出ていて自宅待機を余儀なくされている方が多数いらっしゃいますね。

 

僕はもっぱら休職中の身なのでまた別の次元で生活しているような気分でございます。笑

 

 

さて、本日は現在治療中の適応障害になった経緯を振り返ろうと思います。

 

まず今の仕事に就くまでの経緯を振り返ろうと思います。

 

 

私は現在いわゆる製造業に従事しております。

 

詳しい業務内容は身バレの心配もあるので伏せさせて頂きます。

 

前回の投稿では営業職をしていた頃に人間関係、主に上司や同僚からのパワハラや身内のトラブルから1度目のうつ病を経験したお話しをしました。

 

そこから月日が経ち、現在の職に行き着いたのですが

結局のところ余計な人間関係を避けたくて製造の仕事を選びました。

 

元々黙々と何かを作ることも好きだったので今の仕事に転職しやく1年半勤めてきましたが

様々な困難がありました。

 

まず今現在私がこのような状況になったきっかけは、結局また人間関係でした。

そしてもう一つ、自分自身の無能さからくる自己嫌悪も大きく関与していたと思っています。

 

 

人間関係のトラブルを避けたくて今の会社、仕事を選んだのでは?と疑問に思う方もいらっしゃるかと思いますが

結局会社組織にいると最低限人との関わりは出てきます。当たり前ですよね。

 

私自身、元々人とコミュニケーションを取るのが苦手だった訳ではないので

過去の経験から営業職のような社内、社外で人との交流が多い仕事は避けつつ

最低限のコミュニティで働ける環境がポイントだったのです。

 

実際作業はほぼ一人で行い、上司や同僚との関わりと言えば必要に応じた報・連・相くらいでちょうど良いバランスでした。

 

先輩や同僚とアフターには飲みにいったり交流もそこそこいい感じのバランスでとれていたと思います。

 

ではそんな環境の中でどういった人間関係のトラブルが起こるのか?

 

単純に直属の上司が厳しすぎる人だったのです。

 

直属の上司は昔ながらのガチガチの体育会系の方で、全てに置いて厳しく根性論を全面に押し出すタイプの人でした。

 

その分仕事における情熱は並みのものではなく、仕事に関する事は全て全力で取り組む熱い人でした。

 

そういったところは素直に尊敬できるし、嫌いとかそういう感情を抱いた事はありません。

 

ただ、仕事を続けて行く中でその上司と自分の気持ちとの間にすれ違いが起こっていったのです。

 

そして自己嫌悪。

 

物づくりが好きな私ですが、手先は驚くほど不器用です。笑

 

それに物忘れも多く、タスク管理も苦手で働き方、むしろ生き方自体が不器用そのものな人間です。

 

そんな私が製造の仕事をすればどうなるか。

 

ミスの連発。

 

納期がいつもギリギリor間に合わない。

 

生産性が低い・・・

 

もはや向いて無いですね。笑

 

もちろん体育会系の上司です。叱責は毎日のように受けました。

 

改善しようと色々努力をしましたが空回り。

 

上司からはもっと根性見せろよ、もっと真剣に仕事に取り組めよと責められました。

 

もちろん適当に仕事をしていた訳ではなく、自分なりにいつも努力し真面目に頑張ってきたつもりですが、やはり能力が低ければ不真面目にみられるのでしょうね。

 

会社自体も言い方が少し悪くなりますが、古臭い考えが根付いていて

早残業バリバリ、気合と根性でガッツのある人

尚且つ成果もきっちり評価する風潮です。

 

次第に私は問題社員としてみられるようになって行きました。

 

必死で頑張ってもミスが続き、段取りも悪いから生産性も少ない。

できないから頑張ってるようにみられない。

 

私自身できない自分が嫌で嫌で仕方なかったです。

 

本当にどうして自分のようなポンコツがこの世に生まれてきたのかと卑下するほどに。

 

 

こうした経緯で私の中で溜まりに溜まったフラストレーションが溢れ出し先日仕事に行く事が

できなくなりました。

 

心療内科での受診結果はうつ病を伴う適応障害

 

要するに環境、上司、仕事内容全て自分には合わなかったようです。

 

 

こうして現在休職中の身になったという訳なのです・・・

 

 

 

 

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